封印されし38 |
08.22 Sat |
故あってあの禁断の、封印されし YGO38巻を枕元においていた私は
ちょっと見てみた 禁断の・・。
うぐぐぐぐ・・・・(泣)
色々思うところはある!
でも主にはELと対比してみています。
ELは原作反逆的ですが、
原作と矛盾しないように少しくらい気は使っているのです。
展開は真逆ですが、考え方が真逆であるとは自分では思っていないのですよね。
特に遊戯の考え方については、貫いているつもり・・つもりなのです。
しかし禁断の最終話を見ると、彼等の中でも、この結末に対しては 別に納得しているってわけでもなくて、特に本田と杏子は混乱しているようで、というか城之内君もこれは混乱していると見ることも出来るような気もしてきました。
なんだかやっぱり彼等はこの結末を整然と理解して受け入れてるわけではなく、
分らないけど!って受け入れていて、
不可抗力の出来事として扱われているようにおもえます。
選んだ結末じゃない、んですよねえ・・。
選んだのは、遊戯だけなんだな。
城之内君の、一生のお願い も、(一生のお願いって言うとテッドを思い出すよどうしても!)
何故ここでそんな冗談を、そんな表現で、こんなときにあんな真顔で言い出したんだろうって勘ぐらずにいられないじゃないですか!
言わなくたっていい冗談だし他の冗談でも良かったはずなのに、どうしてそんなことを言うんでしょう。
これは遊戯に、思いとどまる要素がないかどうかを消極的に確かめたかったということではないでしょうか。
もし遊戯がまんざらでもなかったら、ほんとに検討したのかも知れません。
とか思わずにいられないじゃないですか。
まあ、沈めるかどうかはともかくとして。
そう考えると原作の城之内君は引き留めないなんて信じられないおかしい!って思ってたけど、本当は引き留めたかったのかな・・と思えれば、仕方ないと許しそうな、いや・・でもやっぱり・・むむむ。
それはともかくなんで封印を解いてこれを見たかというと、
WALTZ a.m.のラストを迷ったんです。
私はいつも締めが締まらずだらつくんですが、ふと書いてみて、ふと思い出して、ふとラストシーンのセリフを確認したのです。
遊戯の旅立ちの決意を、WALTZ a.m.のラストシーンでは EL的表現で引っかけてみました。
もし興味があれば参照してみてください。単語は多少前後が入れ替わってるけどなんとなく分らんでも無いかんじが、してくださるといいですが!
あとね、解説とかで書かせていただこうかと思っていましたが、「相棒」じゃなくて「遊戯」と呼びたい っていうあたりは、未公開のSS(P.O.)から連なっている話なんですが・・・ここも、38巻みたら、あながち間違っていないというか・・・・
原作でも同じことをやっているんだなあと思えてなんか嬉しかった。
私はほとんど基本的に原作を参照しないんです。もちろんいちいち確かめないし、検証しないし、参考にもしない。ほとんど一回読んだ印象だけで、あとは単なる妄想です。
だから、原作読むの怖くてねー 色々矛盾あるにちがいない!って思うし、矛盾があったときに修正できないから! だって修正するとなると頭から全部修正になっちゃうんだもん。 私のSSはELでなくても基本的に全部繋がっているので、一箇所崩れたら全部崩壊です。だからいやなんだー・・
というわけで原作封印なんですが、そんなふうに妄想だけで進んでいる自分の創作が原作とそれなりに対応しているところを見つけると奇跡的偶然みたいで嬉しいんですよ!
・・・・何やってるんだろうね自分。二次創作とさえ言えないわ。
とにかくさ、封印の38巻はやっぱりかなしかったです
だって王ったら、最後まで凛としててねえ・・・。
でも確かに、確かに、もし人間らしく生きることに気づかずにずっと王(現人神)のままでいたならこう言う人なんだろうなと思います。
EL王は人間で、それまでの王は人じゃないのだ。
人間らしい固執や欲望が無い、全くない。
あ、そうそう・・・・EL的には3000年前の最期についても重要なんですが、
「肉体が滅びた」と言っているようなので、・・・・・・
WALTZ a.m.で示唆した可能性さえやっぱりないのかもしれないとかおもったけど
そこはもう無視でお願いしますよ。明言していないからいいだろう。
あと気になったんですが、セト様は王の証としてパズルを継承してますが砕けてないですね。
いつ砕けたのか。と。誰が砕いたのか。と。
じいちゃんが手に入れたときにはもう砕けてたから、誰も組み上げたことがなかったんだもんね。
とかもう、考察すべき恐ろしい点が多すぎてやばいから
そのへんはもう脳内で勝手に補完するからねーい
ちょっと見てみた 禁断の・・。
うぐぐぐぐ・・・・(泣)
色々思うところはある!
でも主にはELと対比してみています。
ELは原作反逆的ですが、
原作と矛盾しないように少しくらい気は使っているのです。
展開は真逆ですが、考え方が真逆であるとは自分では思っていないのですよね。
特に遊戯の考え方については、貫いているつもり・・つもりなのです。
しかし禁断の最終話を見ると、彼等の中でも、この結末に対しては 別に納得しているってわけでもなくて、特に本田と杏子は混乱しているようで、というか城之内君もこれは混乱していると見ることも出来るような気もしてきました。
なんだかやっぱり彼等はこの結末を整然と理解して受け入れてるわけではなく、
分らないけど!って受け入れていて、
不可抗力の出来事として扱われているようにおもえます。
選んだ結末じゃない、んですよねえ・・。
選んだのは、遊戯だけなんだな。
城之内君の、一生のお願い も、(一生のお願いって言うとテッドを思い出すよどうしても!)
何故ここでそんな冗談を、そんな表現で、こんなときにあんな真顔で言い出したんだろうって勘ぐらずにいられないじゃないですか!
言わなくたっていい冗談だし他の冗談でも良かったはずなのに、どうしてそんなことを言うんでしょう。
これは遊戯に、思いとどまる要素がないかどうかを消極的に確かめたかったということではないでしょうか。
もし遊戯がまんざらでもなかったら、ほんとに検討したのかも知れません。
とか思わずにいられないじゃないですか。
まあ、沈めるかどうかはともかくとして。
そう考えると原作の城之内君は引き留めないなんて信じられないおかしい!って思ってたけど、本当は引き留めたかったのかな・・と思えれば、仕方ないと許しそうな、いや・・でもやっぱり・・むむむ。
それはともかくなんで封印を解いてこれを見たかというと、
WALTZ a.m.のラストを迷ったんです。
私はいつも締めが締まらずだらつくんですが、ふと書いてみて、ふと思い出して、ふとラストシーンのセリフを確認したのです。
遊戯の旅立ちの決意を、WALTZ a.m.のラストシーンでは EL的表現で引っかけてみました。
もし興味があれば参照してみてください。単語は多少前後が入れ替わってるけどなんとなく分らんでも無いかんじが、してくださるといいですが!
あとね、解説とかで書かせていただこうかと思っていましたが、「相棒」じゃなくて「遊戯」と呼びたい っていうあたりは、未公開のSS(P.O.)から連なっている話なんですが・・・ここも、38巻みたら、あながち間違っていないというか・・・・
原作でも同じことをやっているんだなあと思えてなんか嬉しかった。
私はほとんど基本的に原作を参照しないんです。もちろんいちいち確かめないし、検証しないし、参考にもしない。ほとんど一回読んだ印象だけで、あとは単なる妄想です。
だから、原作読むの怖くてねー 色々矛盾あるにちがいない!って思うし、矛盾があったときに修正できないから! だって修正するとなると頭から全部修正になっちゃうんだもん。 私のSSはELでなくても基本的に全部繋がっているので、一箇所崩れたら全部崩壊です。だからいやなんだー・・
というわけで原作封印なんですが、そんなふうに妄想だけで進んでいる自分の創作が原作とそれなりに対応しているところを見つけると奇跡的偶然みたいで嬉しいんですよ!
・・・・何やってるんだろうね自分。二次創作とさえ言えないわ。
とにかくさ、封印の38巻はやっぱりかなしかったです
だって王ったら、最後まで凛としててねえ・・・。
でも確かに、確かに、もし人間らしく生きることに気づかずにずっと王(現人神)のままでいたならこう言う人なんだろうなと思います。
EL王は人間で、それまでの王は人じゃないのだ。
人間らしい固執や欲望が無い、全くない。
あ、そうそう・・・・EL的には3000年前の最期についても重要なんですが、
「肉体が滅びた」と言っているようなので、・・・・・・
WALTZ a.m.で示唆した可能性さえやっぱりないのかもしれないとかおもったけど
そこはもう無視でお願いしますよ。明言していないからいいだろう。
あと気になったんですが、セト様は王の証としてパズルを継承してますが砕けてないですね。
いつ砕けたのか。と。誰が砕いたのか。と。
じいちゃんが手に入れたときにはもう砕けてたから、誰も組み上げたことがなかったんだもんね。
とかもう、考察すべき恐ろしい点が多すぎてやばいから
そのへんはもう脳内で勝手に補完するからねーい
