日常生活に詩の復興を! |
07.15 Wed |
ちょっと資格取ろうと思って勉強しているんですが・・・
そ、それが、余裕こいてたらマジやばくて、これ、相当勉強しないととれねえわ・・
でも家に帰ると勉強やる気でない・・・
実は旅行業の資格なんですが、私はてっきり法令とか業務とかだけだろうと思っていたらぱらぱらテキスト見たところ、
全国各地観光情報に関する問題が出るなどとは・・
なんと言う膨大な情報ですか・・・ムリ!
でも、どっちかゆうと各地の観光についての勉強のほうが楽しそう。と思って勉強をそっちから始めていたら、時間かかることこの上ない。
一つの都道府県につき1/2ページしか割かれていないのですけど、
そんな文字の羅列なんて覚えられるはずがない。
そこで、逐一wikiで調べて面白い内容を理解しつつ書き記して、家族に説明することで勉強とすることにしました。
それが、逐一調べるだけで大変な時間を食う。膨大な情報を摂取する。
面白いけども、すごい量だ。これは覚えたそばから忘れていきそうだ・・・;;
そして今日は まだ福島などやっていたんですが、東北はまだ地元だから覚えやすいと言うのにまだ抜け出せずに調べている始末・・。
で、福島というと高村光太郎が有名ですね。智恵子抄で・・・・・って、思っていたら
智恵子抄をつい読んでしまった!青空文庫で!!
ああ・・・・時間を費やしてしまいました。無駄な、とは言いませんが・・・。
内容は、ざーっとめぼしいところのみ読んだので、6割くらいしか読んでないですが・・
素晴らしい、言葉の、重い煌き、巌に光る金属のような。
当時の言葉はなんとも奇妙で、マジカルで美しい。
すれていない、鋭い原石のような言葉の、力学的な融合。
言葉と言葉の、烈しく鋭い合致。調和ではなく、研鑽しあうがごとき、火花が散るような力強さ!
力強い詩は、本当に感動しますね。心打ち震わす。
特に智恵子との恋愛の日々を描写した、肉欲、肉体と生命の賛歌群は、原始的で燃える様な荒々しいのに厳格な表現で、詩こそがやはり感動を最もformalに表現できるのだと思います。劣情にさえ卑しさがない。
死後では、智恵子に対する清廉な崇拝が美しく・・・なんだか福島の深い自然の美しさが、霧がかった深緑になって目に見える気がしました。
レモン哀歌を習っていたことを読んで今更思い出したんですが、ハッキリと内容も、なぞるように覚えている感があるあたりが・・・・・力のある文章はやっぱり、言葉ではなく感覚に刻まれるんだなと思いました。
詩は、こんなにすばらしいのに、書くことには敷居が低い。
詩は、夢見る乙女のものだとかバカにする風潮があるのは悲しいことのように思いました。
こんな身近で、そして誰もが究極の傑作を生み出せる可能性がある文学スタイルを!
我々も日常的に、日記の代わりに詩を書くといい! それは美しい写真のように、感覚の記憶に残って、思い出を繋いでいくことができると思います。
手の届かない芸術の世界じゃなくて、誰もがたしなむものであるべきではないでしょうか。
そ、それが、余裕こいてたらマジやばくて、これ、相当勉強しないととれねえわ・・
でも家に帰ると勉強やる気でない・・・
実は旅行業の資格なんですが、私はてっきり法令とか業務とかだけだろうと思っていたらぱらぱらテキスト見たところ、
全国各地観光情報に関する問題が出るなどとは・・
なんと言う膨大な情報ですか・・・ムリ!
でも、どっちかゆうと各地の観光についての勉強のほうが楽しそう。と思って勉強をそっちから始めていたら、時間かかることこの上ない。
一つの都道府県につき1/2ページしか割かれていないのですけど、
そんな文字の羅列なんて覚えられるはずがない。
そこで、逐一wikiで調べて面白い内容を理解しつつ書き記して、家族に説明することで勉強とすることにしました。
それが、逐一調べるだけで大変な時間を食う。膨大な情報を摂取する。
面白いけども、すごい量だ。これは覚えたそばから忘れていきそうだ・・・;;
そして今日は まだ福島などやっていたんですが、東北はまだ地元だから覚えやすいと言うのにまだ抜け出せずに調べている始末・・。
で、福島というと高村光太郎が有名ですね。智恵子抄で・・・・・って、思っていたら
智恵子抄をつい読んでしまった!青空文庫で!!
ああ・・・・時間を費やしてしまいました。無駄な、とは言いませんが・・・。
内容は、ざーっとめぼしいところのみ読んだので、6割くらいしか読んでないですが・・
素晴らしい、言葉の、重い煌き、巌に光る金属のような。
当時の言葉はなんとも奇妙で、マジカルで美しい。
すれていない、鋭い原石のような言葉の、力学的な融合。
言葉と言葉の、烈しく鋭い合致。調和ではなく、研鑽しあうがごとき、火花が散るような力強さ!
力強い詩は、本当に感動しますね。心打ち震わす。
特に智恵子との恋愛の日々を描写した、肉欲、肉体と生命の賛歌群は、原始的で燃える様な荒々しいのに厳格な表現で、詩こそがやはり感動を最もformalに表現できるのだと思います。劣情にさえ卑しさがない。
死後では、智恵子に対する清廉な崇拝が美しく・・・なんだか福島の深い自然の美しさが、霧がかった深緑になって目に見える気がしました。
レモン哀歌を習っていたことを読んで今更思い出したんですが、ハッキリと内容も、なぞるように覚えている感があるあたりが・・・・・力のある文章はやっぱり、言葉ではなく感覚に刻まれるんだなと思いました。
詩は、こんなにすばらしいのに、書くことには敷居が低い。
詩は、夢見る乙女のものだとかバカにする風潮があるのは悲しいことのように思いました。
こんな身近で、そして誰もが究極の傑作を生み出せる可能性がある文学スタイルを!
我々も日常的に、日記の代わりに詩を書くといい! それは美しい写真のように、感覚の記憶に残って、思い出を繋いでいくことができると思います。
手の届かない芸術の世界じゃなくて、誰もがたしなむものであるべきではないでしょうか。
